捕虫網を持っていた夏

a0071722_1451719.jpg アブラゼミの声が360度鳴り響く夏。僕は擦りむけた膝小僧を赤チンキで丸く塗られたまま、捕虫網を握りしめていました。幼い頃いつも狙っていたのは「わしわし」と呼んでいた、羽が透き通っている大型のクマゼミ。ツクツクホウシが出てくる盆過ぎまでは、「わしわし」が僕のヒーローでした。

 この「わしわし、わしわし」と鳴く自己主張の強い蝉を捕まえ、確か2種類の液(?)を使って標本にした記憶が…。何匹も。今は蝉に注射の針をさす事さえ、きっとためらうでしょう。小さな命を奪ってしまう事にも大きな抵抗をおぼえます。なんと、無邪気に「わしわし」をたくさんの標本にした事でしょうか。

 僕の目の前を小さな女の子が捕虫網を持って走っていきました。小戸公園は木がたくさん生えているので、蝉の捕獲には事欠きません。でも、一人では捕虫網を自由に操る事など無理な年齢なので、お父さんにアブラゼミをとってもらう事になるのでしょう、きっと。

 小学6年で捕虫網を手放してからも、何かを求めて走り回ったのでしょうが、それが何だったのかよく憶えていません。「わしわし」の鳴く夏が何度も巡って来て、大人になり、追い求める夢をどこかに置き忘れて来た事に人は気づきます。僕はいくつになっても心の中で捕虫網を持つ事ができればいいなと思います。遅くはありません。日清食品の創始者、安藤百福はチキンラーメンの開発に、やっとの思いで成功したのが48歳の時でした。

 「今からでも遅くはない」と心に言い聞かせています。しかし、怠けぐせが抜けない僕は20年後にも「まだ、大丈夫かなぁ?」なんて言ってる可能性が。ん〜、いかんなぁ。
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by hosokawatry | 2007-07-31 01:49 | やさしく歌って・自由日記


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