カテゴリ:やさしく歌って・自由日記( 139 )

復活

a0071722_12431692.jpg世の中で一番難しいことって、継続じゃないかしら。途絶えて、時間が過ぎて、焦ることも忘れてしまった程だから。冬の能古島を歩きました。冬なのに、木の葉がとても明るい未来を指し示してくれていました。頑張らなくっちゃ。さっそく、「あの蒼い夏に」を書き始めました。40話をすぐに掲載します。大塚くん、お待たせ!
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by hosokawatry | 2014-01-27 12:45 | やさしく歌って・自由日記

明日は晴れるさ

 a0071722_17112060.jpg 今は9月の暑さのことをもう「残暑」などと表現してはいけません。今日の最高気温も34度を記録し、気も狂わんばかりの状態です。しかし夜中の最低気温はさすがに25度を下回ることが多くなり、かろうじて睡眠だけは確保できています。

 この夏は3度ほど唐津までの旧R202を車で走ることがありましたが、青い唐津湾にお目にかかることがありませんでした。エメラルドグリーンに輝くきれいな海は、いつも僕の心を和ましてくれていたのに。この運の悪さ、普段の行いがいかに悪いかが分りますよね。

 しかし、夕暮れのオドロオドロしい「曇り茜の空」も、見方を変えれば、何だか明日に希望をもたせてくれるようにも見えます。深刻にならずに、明日を明るく切り開こう!と言葉を投げかけてくれているのですね。よし、ストップしているブログ小説「あの蒼い夏に(この『やさしく歌って』ブログ内)」の続きを書き始めることにしよう。

 リストラの波に飲まれたSさん、K坊、Hちゃん、東京のKくんはじめ一緒に過酷でかつ楽しい時間を過去に共有した人たちと、「あの蒼い夏に」のなかでもう一度、あの青春の輝き(今から想えばだけど)を楽しく確認し合えるように頑張ります。(もう数話で最終回の予定だけど、ほんと最後まで続けるのって根性がいりますね)
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by hosokawatry | 2011-09-15 17:17 | やさしく歌って・自由日記

こころ和みます

 a0071722_17103573.jpg森永チョコボールの鳥のキャラクターに似ているとっぽくて可愛い「サンショクキムネオオハシ」が北九州市若松区(響灘緑地)にあるグリーンパークにいます。大きなくちばしとカラフルな色、可愛いオメメが何とも言えません。広い敷地の中にある熱帯生態園の中で、蝶のオオゴマダラや可愛い恐竜?、いやトカゲかな、ウォータードラゴンなどと一緒に住んでいます。

 運が良ければ、この熱帯生態園にくっついてる軽食喫茶からガラス越しに「サンショクキムネオオハシ」を見ることが出来ます。このオオハシを見つけた時、僕は年甲斐もなく喜びまくってシャッターを切ってしまいました。猫や犬はもちろん大好きですが、とぼけた味を出してくれるトリさんも大好きです。

 このグリーンパークで2500株もの薔薇が咲くという「薔薇フェア」の期間中展示イベントとして、ボタニカルアート展が6月4日(土)〜12日(日)の間行われました。妻の作品も展示することになったので、搬入やら搬出やらで計3回も福岡からグリーンパークに出向きました。

 広い薔薇園は薔薇の甘い香りに包まれ、男の僕さえもロマンチックな気分にさせてくれました。もう今は初夏の開花シーズンは終わりましたが、次は秋にもしっかり咲くので、またその気になれば見に行こうかな。鳥と花、憂鬱な梅雨の季節と仕事のストレスを忘れさせてくれる「愛すべき生き物達」です。サンキュー!
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by hosokawatry | 2011-06-22 17:14 | やさしく歌って・自由日記

喜界島の入り江・午前11時

a0071722_17431611.jpg 「今のところ空梅雨だね」という声が挨拶に続いて聞こえてきます。島に着いた日はどんよりと曇っていて、周囲40kmの全ての海岸沿いも南海の雰囲気がありません。思っていたより気温も低くて、湿度が低ければ半袖では肌寒かったかもしれません。とは言うものの、やっぱり南の島の「梅雨の期間中」。少し歩けば、汗がにじんできます。

 翌日は午前中にほんの少しだけ晴れ間が覗きました。僕は慌てて空港近くの海岸に行き、海を眺めると昨日の海とは色が全く違います。カッと晴れ渡った夏空の下の海の色とは違いますが、渚から数十メートル先の波がくだけているリーフまでエメラルドグリーンに近い色で、満足度70点というところでしょうか。

 鹿児島空港から一時間と少し、JACのミニミニ飛行機でずいぶん揺られながら南下を続けたところに「喜界島」はありました。喜界島は珊瑚の隆起で出来た小さな「ぺた〜っと低い島」です。聞くところによると、現在でも毎年2ミリずつ隆起を続けているのだとか。西側に位置する大きな奄美大島とは全く成り立ちが違います。

 スギラビーチを過ぎて、海岸沿いの遊歩道を歩いていると、沢山の蝶に取り囲まれます。通り抜けると、2匹(本当は2頭というそうです)の蝶が、僕の顔の1メートル横をずっと離れずについてきます。そういえば、この島はオオゴマダラなどの蝶の楽園でもあるそうです。遊歩道の終点に、船泊まりの入り江がありました。その入り江の海の色があまりに綺麗だったのでついパチり。
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by hosokawatry | 2010-05-31 17:44 | やさしく歌って・自由日記

落日

a0071722_19192996.jpg 清少納言に言わすと、春は曙らしいのですが、春の夕暮れ時もけっこう良いものです。土曜の夕方、秋の夕暮れみたいに澄んだ感じはないですが、ふわっと優しい気持ち良さがあります。アングラーが逆光の中で、シーバスを狙っていました。50センチを超えるシーバスが3尾釣れていたようです。小戸公園の海も馬鹿には出来ませんね。

 先日はあの自己顕示欲の強い私立探偵スペンサーが活躍するシリーズで有名な、ロバート・B・パーカーが亡くなりました。最近はあまり読んでなかったけど、最初の頃の「初秋」はしみじみとしていて、とても良かったと思います。マッチョな探偵と少年が繰り広げるハードボイルド小説でした。

 有名な「長距離走者の孤独」を書いた作家アラン・シリトーも亡くなりました。パン屋に盗みに入り、失敗、少年院(?)送りに。走る才能を見いだされ、少年院(院長)の名誉の為に走る少年の話です。院長の「誠実」の裏に潜む「偽善」を感じた少年は、競技大会をトップで駆けてきたものの、ゴール前でわざと後から来る走者に抜かれてしまいます。

 今年の一月には「ライ麦畑でつかまえて」のサリンジャーがこの世から旅立ちました。3人ともみんな、少年を題材にした僕の好きな素敵な小説を書いてくれた作家なので、とても残念です。巨匠の運命も落ちていく夕日のように、大きくなった後は必ず沈んでいくのですね。僕は軽いし大きく成れないから絶対に大丈夫。安心です。
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by hosokawatry | 2010-04-26 19:23 | やさしく歌って・自由日記

あたたかい夕暮れ

a0071722_16532099.jpg この1ヶ月間、仕事に全精力を注ぎ込んでいたら、いつの間にか桜の季節が通り過ぎてしまおうとしていました。こんなに桜の花を眺めなかった年はありません。土曜の夕方、愛宕神社が誘っているような気がして、散髪の後に出かけてみました。神社の丘陵を見上げると、まだピンクの色が残っています。

 今年は(も?)桜の開花が早く、散ってしまうのも早いかと思ったら、ほんの少しですが残っていたので救われました。緑の葉には優勢負けしていますが、3分くらいは桜色が残っています。313段の階段を、ふーふー言いながら登段し、頂上の神社からももちを見下ろせば、高い湿度に福岡タワーやヤフードームの足下が靄っています。

 「わたしゃ、福岡生まれじゃけど、こんな景色は初めてやね」と、60過ぎのお母さんの声が聞こえました。ももちのビル群を指差しています。息子夫婦のお嫁さんの方が「お母さん、ずっと忙しかったから」と、ねぎらいの言葉を返しています。僕は風のない神社の境内で、空に向かって久しぶりに両手を大きく伸ばしてみました。春の夕暮れが「よう頑張ったな」と僕の方を向いて優しく微笑んでいます。「しかし、ブログや小説を疎かにしちゃイカン!」の声も聞こえたような。

 山腹の桜の木の横に、桜祭りのための照明に灯がともっています。神様は遅れてきた旅人に、最期の色香を楽しませてくれました。僕は帰りに、唐津街道近くの老舗「魚嘉(うおか)かまぼこ」に寄り、美味しい丸天でも買おうと、開いている引き戸の玄関をくぐりました。「魚嘉」は厚生大臣賞受賞したことのある、こじんまりした古い家屋のお店です。いらっしゃいと、店の若奥さんらしい優しい声が聞こえてきました。
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by hosokawatry | 2010-04-11 12:55 | やさしく歌って・自由日記

シュールな黄昏

a0071722_1924038.jpg 薄暗くなりかけた日曜日の小戸公園。海沿いの歩道を歩いていると、釣り竿を手にして帰路につこうとしている家族のシルエットに出会えます。ヨットハーバーの横を流れる十郎川の河口沿いの堤防では、一日の最後の明かりを頼りにまだ竿を振っている人がいます。何を釣っているのだろう。カレイかな? 

 小戸公園から隣のマリノアシティまで「何歩」歩いたら着くだろうか? と、突然湧いた疑問に答えようと、かってに足が動き始めました。100歩歩くごとに左手の指を一本ずつ曲げて、歩数を記録していきます。マリノアのネオンサインがやっと見えてきました。1023歩です。汗を感じます。

 いつも見る昼間のマリノアと雰囲気が全く違います。発光するネオン管がシュールな世界に導こうと手招きをしているようです。ずいぶん前に見た映画「バグダッド・カフェ」で引き込まれたあの感覚が蘇ります。圧倒的な色彩、斬新な映像美。オレンジとブルーはどうしてこんなにドキドキさせてくれるのだろう。2種類の血管の色だから? 

 夕方のウォーキングは明かりがあればほっとします。帰りの道沿いに灯りがついた民家から、カレーの匂いが流れてきます。小戸交差点の信号を渡るとき、去年この場所に現れたというイノシシのことを思い出しました。無事に、山の方に帰れたかな? それとも能古島まで島の灯りを目指して泳いで逃げたかな? まさか。
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by hosokawatry | 2010-02-09 19:07 | やさしく歌って・自由日記

願い

a0071722_1173854.jpg スカッと晴れない日が続きます。解決されていない日頃の問題に、新たな悩みが加わったりと、心模様もどんよりとした冬の曇り空。成人病検診で中性脂肪と腹回りで引っかかり、一日1万歩を目指して歩くように指導されました。歩かねば、歩かねばと思いながらも、北風の吹く小戸公園を歩く気になりません。う〜ん、やっぱり心が弱いな〜。

 優れたスポーツ選手は運動能力もさることながら、その思いを遂げようとする強い心に凄さを感じます。目的を達成するために邪念を振り払い、そのための苦しい努力を重ねます。プロのスポーツ選手ではなくても、やっぱりその道(仕事)のプロなんだから、体調には気を配って当然。だとすれば、曇り空で気分が晴れないからウォーキングはやめようなんて、問題外ですね。

 ソフトバンクホークスの斉藤和巳投手が回復しない肩に、またメスをいれると彼のブログに書いてありました。2006年10月のパリーグ・プレーオフ第2ステージ第2戦。日本ハムファイターズとの負けられない試合で、力投したホークスの斉藤和巳投手。9回投げ抜いてもなお151Kmを計測した炎の投球と、最後の内野安打(森本がホームを駆け抜けた)に力が尽きてマウンドで泣き崩れたあのシーン。僕は忘れることができません。

 斉藤和巳のことを考えていると、気合いが入ってきました。よ〜し、せめて近所だけど、図書館まで歩くか。と、結局今日の日曜日、歩数計は5273歩でした。先週末、櫛田神社の鳥居のおたふくをくぐってきました。節分前でしたが、観光客を含め境内には参拝の人が少なくありません。今年はやる気(小説やウォーキング)を切らさないようにと願ってきたのに、早くもふらつく情けなさ。和巳の肩の手術だけは、ぜひ成功しますように!
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by hosokawatry | 2010-02-01 01:24 | やさしく歌って・自由日記

復活

a0071722_14362542.jpg 昨年の11月にMacが起動しなくなり、大慌てで「パソコン生活応援隊」に出動してもらいました。面倒なのでと、バックアップしていないデータが沢山あったので冷や汗をかきました。結局、データ救出料と病状が進んでいたHDDの交換で28,000円もかかりましたが、治ったのでひと安心。と、思っていたら一月後のクリスマスに「起動せず」というショッキングな贈り物が。

 真っ青。「これから、バックアップはこまめに取って下さいね!」と修理してくれた男性の声が頭の中で響いています。一ヶ月前に「そうですね、もうこれからはキチンとバックアップしますよ。データは宝ですからね。分かりますよそんなことくらい、はははは」と、自虐気味ではあるけど堂々と宣言していたばかりなのに。修理した直後なので、すぐには、壊れることがないだろう。と、タカをくくっていた自分の間抜けさが堪りません。

 言行不一致。バックアップしていないからまたまたデータのピンチです。仕事のデータはもちろん、義理の父の埋葬の写真など、大切なデータが風前のともしびか? また、救援の電話をするのが恥ずかしく、とても苦痛でした。チキンハートのクリスマスになったわけです。再び現れた必殺修理マンは、そんな僕の心を読み取り、プライドを傷つけないようにとバックアップの状況を訊ねないで、すぐに優しく対応してくれました。ふ〜っ。

 データが再び復活! 元気が出たので、年末に「あの蒼い夏に〜チラシづくりの青春・37」を書き上げることができました。途絶えていたブログ小説も復活です。やっと今日手に入れた、Logitec社の外付けHDD(容量が1000GB近くあるのに一万円はしません、安くなったもんだ)をセットアップしました。データ貯め放題。これで落ち着けます。正月に撮ったウメモドキの赤い実がニコッと笑ったような気がします。さあ、頑張らなくっちゃ!
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by hosokawatry | 2010-01-09 14:54 | やさしく歌って・自由日記

ふくやの明太子

a0071722_16175716.jpg 入社後、研修期間を経て、すぐに福岡支店への配属となりました。同じ福岡県出身者とはいえ、直方(筑豊地方)と久留米(筑後地方)が生まれ育った地なので、福岡市の博多区での生活はとても新鮮でした。さっそく屋台の洗礼を受け、いろいろな博多の食文化を学ぶことに。辛子明太子も社会人になって学んだ、その博多の食文化の一つです。

 高校まで住んだ久留米でもほとんど辛子明太子を食べた記憶がなく、たまに弁当に入っていたのは真っ赤な「たらこ」でした。なぜか母はその塩っからい「たらこ」に火を通していました。その焼けて固く白くなった焼きたらこを少しずつかじりながら、弁当の冷めたご飯を沢山かき込んだものでした。

 残業が終わって、初めての屋台。冷蔵ショーケースに入っている辛子明太子を頼んだら、生のまま出てきました。コップ酒をやりながら食べる辛子明太子はぴりっと辛く、とても美味しいものでした。「焼きたらこ」とは全く違う味わいに驚いたことを憶えています。そして、その辛子明太子の味は、僕の人生の喜怒哀楽上をいつも暖かく流れて行ったのです。

 四半世紀以上前に、「明太子を造っとる会社はいろいろあるバッテン、やっぱりふくやんとがヨカ」と、屋台の大将から聞いた記憶があります。そのふくやが地下鉄姪浜駅の石原裕次郎が愛したと言われる平塚明太子(民事再生法申請)の跡に出店しました。景気が悪いけれど、すぐに撤退しないように頑張って欲しいものです。ん〜、そういえば最近、屋台にも全く行かなくなったな〜。
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by hosokawatry | 2009-12-15 16:19 | やさしく歌って・自由日記