<   2007年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

捕虫網を持っていた夏

a0071722_1451719.jpg アブラゼミの声が360度鳴り響く夏。僕は擦りむけた膝小僧を赤チンキで丸く塗られたまま、捕虫網を握りしめていました。幼い頃いつも狙っていたのは「わしわし」と呼んでいた、羽が透き通っている大型のクマゼミ。ツクツクホウシが出てくる盆過ぎまでは、「わしわし」が僕のヒーローでした。

 この「わしわし、わしわし」と鳴く自己主張の強い蝉を捕まえ、確か2種類の液(?)を使って標本にした記憶が…。何匹も。今は蝉に注射の針をさす事さえ、きっとためらうでしょう。小さな命を奪ってしまう事にも大きな抵抗をおぼえます。なんと、無邪気に「わしわし」をたくさんの標本にした事でしょうか。

 僕の目の前を小さな女の子が捕虫網を持って走っていきました。小戸公園は木がたくさん生えているので、蝉の捕獲には事欠きません。でも、一人では捕虫網を自由に操る事など無理な年齢なので、お父さんにアブラゼミをとってもらう事になるのでしょう、きっと。

 小学6年で捕虫網を手放してからも、何かを求めて走り回ったのでしょうが、それが何だったのかよく憶えていません。「わしわし」の鳴く夏が何度も巡って来て、大人になり、追い求める夢をどこかに置き忘れて来た事に人は気づきます。僕はいくつになっても心の中で捕虫網を持つ事ができればいいなと思います。遅くはありません。日清食品の創始者、安藤百福はチキンラーメンの開発に、やっとの思いで成功したのが48歳の時でした。

 「今からでも遅くはない」と心に言い聞かせています。しかし、怠けぐせが抜けない僕は20年後にも「まだ、大丈夫かなぁ?」なんて言ってる可能性が。ん〜、いかんなぁ。
[PR]
by hosokawatry | 2007-07-31 01:49 | やさしく歌って・自由日記

苦しんだら、そのぶんきっといい事も

a0071722_185129.jpg やっと今日、北部九州にも梅雨明け宣言が出ました。ラニーニャが観測され、その影響で日本では短い梅雨、暑い夏のはずなのですが? 遅い梅雨明けとはっきりしない天気。なにかすっきりしないですね。

 何年ぶりでしょうか、先週の土曜日は船釣りに行ってきました。最初Wさんに「ヒラメ釣りに行こう」と誘われて、その気になっていたところ、結局、まだヒラメがよく釣れるシーズンではなかったらしく、「イサキ釣り」に変更。船釣りの場合は船長が釣れるところに連れて行ってくれるので、まず釣れない事はありません。だから、貴重な一尾を狙う磯釣りや防波堤釣りみたいに、スリリングなワクワク感は感じられません。

「まあ、いいか。いさきでも」

 湿度の高い夜明け前、午前3時に眠い目をこすりながら起きだし、糸島半島の西浦漁港から出船したのが午前5時。僕にとってはあまり慣れない船釣りなので、船の中で仕掛けを作ったりしていたら見事に船酔いしてしまいました。釣る前にグロッキー状態。う〜っ、気分が悪い。我慢に我慢を続けたものの、ペットボトルのお茶を飲んだところが限界。その3分後に「げ〜っ、げろげろ」と黄色い胃液まじりのお茶を全部吐き出しました。「ごめん、玄界灘の魚介類のみなさま、許してください」

 弁当にはついに手を付ける事ができませんでした。カメラを出す気力さえもありませんでした。それで、今回は写真じゃなくて、WEBお魚図鑑よりきれいなイラストを拝借。

 4人で釣った魚を帰りに山分けするのですが、船長が一尾づつ丁寧に生き締めしてくれます。35センチ以上の立派なイサキを夕食の刺身で、30センチ弱のイサキを塩焼きにしてレモンをふりかけて食べました。刺身は脂がのって、ぷりぷりしていて、これまでのイサキの食味の概念を完璧に書き換えてくれました。

「こんなに美味しいものだったとは」と大感激! K君すまん。僕だけこんな幸せで。

 苦しい思いをした後には、神様がきっといい事を用意してくれます。同じマンションの人にもイサキを分けてあげたらたいへん喜ばれました。人生に乾杯!
[PR]
by hosokawatry | 2007-07-23 18:06 | やさしく歌って・自由日記

7月の朝、台風一過も晴れない心。

 a0071722_2231163.jpg 博多祇園山笠の追い山を見に行く予定でしたが、台風4号も通り過ぎたとはいえ、雨も降りそうなので今回はパス。TV中継録画で我慢する事に。個人的には山を動かし始める時の「やー」というかけ声が大好きです。気持ちがこもっている声や緊張感漂うまなざしに触れると、僕の中の忘れかけている何かが揺り起こされてしまいます。確実に、しかも熱く。

 追い山の数時間後、日曜日の朝、傘をさして小雨に煙る元寇防塁跡から小戸公園を歩きました。海岸の打ち寄せる大きな波は濁っています。いつもはすれ違う多くの人たちも今日はお休みのようで、ひとりウォーク。そして少しばかりしんみり。この一週間少しの間に、僕の青春に彩りを与えてくれた人たちが亡くなられたからです。

 1969年のアポロ11号が月面着陸した時、アームストロング船長が言った言葉を「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ」と同時通訳してくれた西山さん。ソニーのウォークマン開発で中心的な役割を果たした黒木さん。ウォークマンには本当にお世話になりました。

 そして「酒を飲むときの心得」を若かった僕に教えてくれた中州にあるカクテルバーのお母さん。迷惑をかえりみようとしない振る舞いに対して放たれる静かな怒声。僕は未だに大人になれない部分を抱えている未熟な人間ですが、これからも決して忘れません。真剣に怒ってくれたその目を、その思いやりを。背筋をのばして生きる姿勢の大切さを。人間としてなくしたらいけないものを。

 毎年半端でない残業が続く年末になると、僕たちの職場まで娘さんと一緒に抱えて持って来られた大皿何枚もの重い重い陣中見舞い。手づくり長崎皿うどんとオリジナルのサンドイッチ。謙虚な言葉とまっすぐな笑顔を携えて。その美味しさに暖かさにどれだけ多くの社員の心が救われた事でしょうか… 。本当にありがとうございました。

 ご冥福を心よりお祈りいたします。
[PR]
by hosokawatry | 2007-07-16 02:31 | やさしく歌って・自由日記

あの蒼い夏に 〜チラシづくりの青春・15〜




                    15



 咲田店長は焦り始めた僕には気づかずに、話しを続けた。

 一回り上の年齢だという店長は多くの社員を毎日まとめあげなければならない。正社員、パート社員、アルバイト社員が入り交じった店内。年齢、性別も様々。多くの社員と話を交わし、もちろん教え、注意し、怒り、誉め、やる気を出させて店を健全に運営していく。人のマネジメントが一番大変なのかもしれない。そんな職種の真剣な毎日が『人間として大切なもの』を自然に学ばせ、身につけさせたのだろう。どの話も頷かされる内容ばかりで、僕の首は小刻みに前後に揺れ続けた。
 だが、今日の話だけは短くしてほしかった。僕の心は冷や汗を掻き始めていた。かすみとの約束時間まであと5分だ。もう間に合うのはスーパーマンしかいない。

「この秋の開店1周年祭のセールづくりを早めに取りかかろうと思ってね。各部門の担当者に何を売りたいか、大まかだけど書いてもらったのがこの原稿なんだ。これをもとに、チラシのラフスケッチをしてもらおうと思って君を呼んだわけだ」
 店長は100枚くらいの束になった原稿用紙を僕に差し出した。
「B3で2色・2色ね。衣料では靴とバッグを去年より大きく打ち出そうと思ってる。あとは住関連では収納用品。食品は道産子フェアだね、気合いを入れたいのは」
 僕はもらった原稿用紙をぱらぱらとめくった。しかし、落ち着きを無くした焦点の目には、原稿の文字がぼやけたシミにしか写らなかった。頭の中の耳の尖った黒い生き物が早く席を立てと声を荒げている。店長に焦っているのを悟られないようにと、精一杯慎重に口を開いた。
「頑張って絵を描いてきます。時間はどの位いただけるでしょうか?」
「そうだね、来週の金曜日でもいいかな? その次の月曜日に本部に行くので、持っていけるように」
「大丈夫です」と僕は店長の目を見て答えた。
「気合いが入ったやつを頼むよ」と店長は僕を見て微笑んだ。
 咲田店長は立ち上がり、ちょっと待ってくれる? と言いながら店長室に入っていった。
 ハラハラ気分に拍車がかかった。「なんというおっさんだ、死にそうなくらい焦っているというのに」と頭の中の黒い生き物が叫んだ。僕は慌ててすぐにその黒い生き物の口を塞いだ。

「これ、河村君にあげようと思ってね。夕方に店で焼き上げたものなんだけど」といって、咲田店長はパリジャンを一本手渡してくれた。「よく売れたし、ベーカリーコーナーからのお礼だ」
僕は細長いフランスパンを持ったまま、頭の中の黒い生き物を蹴飛ばし、きちんとお礼を言って、急ぎ足で事務室を後にした。

 帰路は子熊の悲鳴を聞きつけた母熊のように表情を険しくさせて、何回も赤信号の長さを呪った。福岡市動物園の小高い丘陵地もひとっ飛び、暗さを増した国体道路でもアクセルペダルを踏みしめた。
 結局、恵屋の店を出たのが7時30分だった。会社に帰り着くのは楽観的に見積もっても7時50分過ぎ。待ち合わせ場所の喫茶店「ブラジレイロ」は会社から徒歩3分というのがせめてもの救いだ。しかし、このままでは7時30過ぎの待ち合わせが8時前になってしまう。だが、どうしようもない。今日、神様はさいころを振り間違えなかった。ほんの少し夢見ただけの午後7時からのデートは、結局は8時に落ち着いてしまいそうだ。やはり、そんなにうまく事は運ばない。

 僕は会社の玄関内に駐車すると、脱兎のごとく3階の自分の席に駆け上った。
 机の蛍光スタンドにセロテープでぶら下がっている伝言メモが、生ぬるいエアコンの風で揺れていた。
「ステップ写植から電話が入ってたらしいぞ」と、版下のコピーを取りに行こうと立ち上がった永野さんが言った。
 事務の山口さんからの伝言に目を通し、プッシュホンの電話番号を押した。ステップ写植の社長が電話に出た。佐里君から連絡をもらっていたので、今電話したと告げると、ぼそりと社長が答えた。
「佐里は疲れているようなので、今日は私が帰しました。すみませんが…」
「どこか体の調子でも悪いのですか?」と僕は訊ねた。
「よくは分からんのですが、元気がありませんね。もともと元気のある方じゃないんですが、こないだのTVの値段の件以来、特にですね。それ以前にもけっこう間違いは多かったし、実際、私も困っとるんです、仕事は忙しいのに」
「そうですか。僕も結構佐里君に打ってもらってるチラシ多いし…」

 僕は社長に佐里君のアパートの電話番号を聞き出しメモを取った。今の僕にはそれ以上の時間は与えられていない。メモ用紙を綿パンのポケットに突っ込み、パリジャンを抱え「今日は先に帰らせてもらいます」とワタリ係長に挨拶して支店を飛び出した。

 息が上がるのをこらえながら、小走りで西流の粋な長法被を着た二人連れを抜き去った。フランスパンを抱えた僕の山笠はもう始まっている。店屋町のチョコレートショップを通り過ぎ、ブラジレイロにたどり着いたのは午後7時58分だった。うちの会社は来客時に必ず、ブラジレイロのコーヒーを出前で頼んでいる。評判通りの味わいに、我が社を訪れた多くの人が笑顔を浮かべ、話を弾ませた。

 僕は息を弾ませ、コーヒーを連想させるようなアーモンド色をした木製ドアを押した。コーヒーの香りが充満する店内は混んでいる。一階のテーブル席を見渡したが、かすみはいなかった。僕はカウンターの中の主人に目で挨拶をして二階に上がった。素早く凝視する。どの席も客に占領されているように見え、かすみの姿はなかった。自分の目を疑った。一階に戻ってもう一度目を凝らした。どうしたのだろう? 

 かすみがいないわけがない。

 しかしかすみはこの場所にはいない。

 僕は目の前の残酷な事実を見せつけられてしまった。絶望の帳が目の前に降りてくるのを感じる。首筋を流れ落ちる汗がひんやりするのは、エアコンのせいばかりじゃなかった。凶と出た結果だったが、もっと詳しい現状把握に努めなければならない。すぐにウェイトレスの女性に「一人でコーヒーを飲みに来たショートカットヘアーの女の子」は7時30分頃に来なかったかを訊ねた。

「ごめんなさい。混んでて忙しかったから、その女性の方がいらっしゃったかどうか、自信がありません」とウェイトレスは前置きをして、「やっぱり、思いだせません。申し訳ありません」と丁寧に応えてくれた。

 僕は混乱した頭で、ウェイトレスにお礼を言った。失意の右手でドアを開けて、孤独な夜の闇に一歩を踏み出した瞬間、ブラジレイロのトイレの扉が開く音が静かに響いた。その音は、一年中の中で一番活気に満たされるこの時期、その界隈においては、あまりにも小さすぎた。
 
 真っ白な頭で僕はヨロヨロと歩き始めた。パリジャンを左手に持っているのに気づいた。握りしめているパンの中央部が少し凹んだかもしれない。「おい、おい。いったいお前はどこに行くつもりなんだよ」と頭の中の悪魔が馬鹿にする。「博打好きの神様のサイコロなんか信じたんじゃないだろうな? まさか」と悪魔がにやにやする。


「お前はやっぱりこの時間は仕事をするしかないのさ。そんな人生なんだ。もう諦めることだ」
[PR]
by hosokawatry | 2007-07-08 00:35 | ブログ小説・あの蒼い夏に

もの悲しくない紫陽花

 a0071722_1146097.jpg6月30日(土)に前原のず〜っと山奥の方に行ってきました。「白糸の滝あじさいまつり」が開かれていたからです。情報では白糸の滝周辺に5000株・10万本の紫陽花が咲き乱れ、その日は花を切って持ち帰れるとのことでした。

 会場近くの山道は車がびっしりだったにもかかわらず、偶然の空きスペースに恵まれ、駐車についてはラッキーでした。会場では、景品が当たる無料の「大福引抽選会」をやっていて、伊都の地鶏ローストが当たり、これまたラッキー。白糸の滝では「ヤマメの釣り堀」に挑戦している親子連れ、そうめん流しを楽しんでいる家族など、大勢の人で賑わっていました。

 本来の目的である紫陽花の切り花入手に専念する事15分。貸してくれたはさみを使って、制限数の10本を切りました。大振りな花を中心に狙ったので、嫁さんのぶんと合わせた20本をまとめると、とても華やかに見えます。

 水洗ではないトイレの窓から、つま先だって眺めた幼い頃の梅雨の裏庭。そこにはひっそりと、雨に打たれながら健気に咲いてる紫陽花の姿があったものです。なぜだかもの悲しい記憶。今は紫陽花の切り花に囲まれた部屋の中はとても明るい情景です。赤紫・青紫・白の紫陽花、そして可憐ながく紫陽花。やっぱり、花や自然はいいな〜。嫌な事も忘れさせてくれます。

 来年も「白糸の滝あじさいまつり」には絶対に行こ〜っと。
[PR]
by hosokawatry | 2007-07-02 11:48 | やさしく歌って・自由日記